シンガポールでC4カクタス買いました

シンガポールでカクタス買いました。日本発売まで実際乗ってみての感想等をお届けするのが目標です!がシンガポールの話もしまーす

過労死するシンガポーリアンもいる?

うちのおむかえさんファミリーのお父さんは、株のブローカー的な仕事をしているらしく、自分の客に株の売買を薦め、その出来高次第で収入が変動する、かなりストレスフルな仕事のようです。奥さんはシンガポールでも珍しい専業主婦。そちらのお父さんは、(おそらく)stableではない収入で4人家族を支えています。そんなおむかえさんが、家を売って引っ越してしまいました。住宅価格は今どんどん下がってますので、見切りをつけて売っただけかもしれませんが、もしかしたらfinancially tightだったのかもしれません。

 

ですがそこはさすがシンガポーリアン、今の家を売っても、別にHDBの家があり、そこに一時的に引越して、住宅マーケットが底をうったら、またコンドを買うみたいなことをおっしゃっておりました。それが本当なのか、ただの強がりなのか、もう知る由もありません。

 

先日、嫁様と「仕事たいへんだねぇ」なんて話してたら、一言。

"His colleage died at his desk."

え?

仕事中に突然死?それって過労死ですか??

シンガポールに過労死なんてないだろうと思っていたので、非常に驚きました。

 

シンガポールの労働市場は非常に流動的です。こっちの人は、それこそ衣替えをするように、よりよい条件の仕事を見つけては、あっさり仕事を変えたりします。そういう人たちからすれば、日本の過労死は、どうアタマをシャッフルしても理解不可能なものであるはずです。

 

会社と社員の利害は対立するものです。社員はより高い給料でより楽に働きたい一方、会社はより安い給料で社員をこき使いたいわけですから、両社の利害は真逆です。そのせめぎあいの結果、給料や雇用条件などが決まり、より好条件の待遇をofferする会社があれば、迷わずそちらに転職するというのが経済合理的個人というものです。

 

また、同様の理屈で、会社と社員の家族の利害も対立します。社員の家族は、1秒でも多く一緒にすごす時間がほしい一方、会社は社員に1秒でも多く働いて利益に貢献してほしいわけです。

 

こうしてみると、過労死する個人というのは、究極の経済非合理的個人ということになります。いろいろ不合理行動をとりまくった挙句、体を壊して働けなくなるどころか、死んでしまうわけですから。。

 

シンガポール人はこういう経済学の教科書的な合理的個人をほぼほぼ地で行っていると思っていましたので、仕事中に机に突っ伏して死んでしまう人がいるというのは、非常に驚きました。ストレス社会のシンガポールでは、意外にこういうケースは多いのかもしれません。。

 

で、1年に3万人の人が自殺し、長時間残業、休日出勤、有休を取れといっても取りたがらない、そして過労死が常態である我が日本はというと、究極の非合理的個人の集まり、ということになるでしょう。が、以前はそういった犠牲をはらっても、それに見合うものを会社もペイできていたはずなので(専業主婦を可能にする収入と終身雇用)、条件付き合理的行動であったとは思います。

 

で、現在はその条件が溶け始めていますので、今までのやり方を続けると、犠牲だけ払う、ということになります。ブラック企業などはその典型でしょう。超成熟社会+少子化の日本において、こうした変化は避けられないものです。少子化で今後も経済のパイは縮小を続けますから、どの企業も生き残りをかけて、ブラック企業になっていくでしょう。となれば、社員の側も、生き残りをかけて、合理的行動をとる必要があります。

 

我々が死んでしまってのち、何世代後になるかわかりませんが、自分と家族の生活を守るため、自分と家族の権利を主張し、ときにはその権利を守るために戦うシンガポール人のように、日本の個人も経済的合理的個人というニュータイプに変貌を遂げていることを、そして、彼らがニューノーマル(新常態)の日本を築き上げることを、私は切に願っています。